死ぬ日が来るまで

生きることに疲れました。希望のない日々の記録です。

再び書くことがない

このブログは、大抵朝通勤途中に書いている。
従って、まだ一日が始まったばかりなので、その日あったことを書くことは出来ない。
昨日のことは、ほとんどどうでもいいことなので、書く気がしない。
だから、書くことがないというのは、ある意味当たり前である。

 


書くことがないのなら、書かなければいいだけのことなのだが、そういうわけにはいかないのである。
このブログを始めるときに、最低100日は休まないと決めたからである。

 


まだ100日の半分にもなっていないのに休むわけにはいかない。
まあ、読者もほとんどいないことだし、こんな愚にも付かないことをダラダラ書いていても、世の中の害にはならないだろう。

 


最近、つくづく思うのだが、世の中の大抵のことは、少し年月が経ってしまうと、どうでもいいことばかりである。
どうでもいいとかよくないとか以前に、忘れられてしまうことがほとんどではないだろうか。

 


せめて自分のやったことぐらいは、成功したことにしろ失敗したことにしろ、ちゃんと覚えていたいのだけれど、まあ大抵忘れてしまいますね。
もう終わったことだし、どうでもいいことばかりである。

 

 

何だか文体が怪しくなってきた。
「である」体と「ですます」体が混ざると酔っぱらったような文章になってしまいます。
まだ朝なのに酔っぱらっている場合ではありません。

 


書くことがないのに無理して書くからこんなテイタラクになるのである。
まあ、発声練習みたいなものなので、だから、だからの後何を書くつもりだったのか忘れてしまった。
もうボケ老人に成り掛けていますね。

 


通勤途中ということは、当然これから仕事に行くのです。
仕事、面白いですか?
って、私が質問してどうする。
仕事、もうね60過ぎてますから、仕事なんかもう全然したくありません。
お金がないから、仕方なくやってるだけ。
家でゴロゴロしてたら、元気にパート行ってる家内に蹴飛ばされてしまいますからね。

 


書くことがないって書き始めたのに、結構長々と書いちゃったな。
ここは某駅前のマックなんだけど、午前7時半現在ほぼ満席です。
私と同じように明らかに出勤途中の人がたくさんいます。
みんな早い時間に会社行くのが嫌なのかな?
自分に引き寄せて考えちゃいけませんよね。
みんな仕事の準備に余念がないのでしょう。
そういうことにしておこうと思います。

 

 

現在、平成29年6月23日午前4時。

上の文章は昨日の朝書いたもので、今読み返してみたら酷い文章だけど、せっかく書いたものなのでそのままアップします。

私は、病んではいないと思います。

少し疲れているだけです、多分。