死ぬ日が来るまで

生きることに疲れました。希望のない日々の記録です。

どこにも行かない日曜日

日曜日は、大抵どこかに出掛ける。
家内と出掛けることもあるし、ひとりで出掛けることもある。
今日は、どこにも出掛けず一日中家にいたが、これは滅多にないことである。

 

 

出掛けるには、何か出掛ける理由があるはずであるが、出掛けないという不作為に理由は必要だろうか。
なんてしかつめらしく書いてみたけれど、なんとなく出掛けるのが億劫だっただけであり、特に理由はない。
家内は、一日パートに出ていた。

 

 

しかし、特に理由はないのは事実だけれど、なんとなく億劫と言うのは、その裏になんとなくだるいという原因が隠れている。
そして、なんとなくだるいというのは、病気と言うほどではないが、言わば歳のせいであり、老人性の引きこもり症状と言えるかもしれない。
最近、段々と出掛けるのが億劫になり、面倒になってきているのである。

 

 

一日家にいて何をしていたのかというと、6:2:2くらいの時間で、6が読書、2が音楽というか歌謡曲を聴いて過ごし、あとの2はただぼうっとしていた。
本当は、ぼうっとしていたのではなく、考えていたというべきかもしれないのだけれど、結局何の結論も出なかったので、ぼうっとしていたという方が客観的には正確であろう。
それはともかく、時間の6割を使うだけ、自分は本が好きなようである。

 

 

自分には、もう欲と言うものが全然ないように思っていたが、それなら何のために本を読むのだろうか。
最後にわずかに残った、楽しい、面白い、わくわくする行為なのだと思う。
音楽は、昔の流行歌しか聴かないのだが、読む本は殆どが初めて読む本である。

 

 

今、午後7時。
もうじき家内が帰ってくる。
一緒に晩御飯を食べたら、あとはひとりで寝るだけである。