死ぬ日が来るまで

生きることに疲れました。希望のない日々の記録です。

100記事目

自分で数えたわけじゃないけど、はてなの表示を信じれば、これが100記事目になる。
一日一記事をアップしてきたので、100日目でもある。

 

 

最初のころに比べれば、少しは書けるようになった気がする。
書けるようになったと言っても、記事の質が良くなったという意味ではなく、文字通り抵抗なく書き進められるようになったということ。
何でも続けていれば、少しは進歩する部分はあるのかもしれない。

 

 

一つの節目なので、この辺で私の立ち位置というかスタンスを明確にしておきたい。
と、思ったのだけれど、ない!
そんなものは、存在しないのだ。
ということに気が付いた。
私は、もうはや敗残の老人で、先行きに何の希望もない。
特別やりたいこともないし、理想なんてこのところ考えたこともない。
というか、理想を掲げたところで、その実現が如何に絶望的に困難かということを知り過ぎてしまった。
事を為すなら若いうちである。

 

 

私は、他人のことに興味がないので、政治にも軍事にも余り関心がない。
と、書いたところで、ウソに気付いてしまった。
確かに自分が政治家になりたいとは思わないけれど、若い時と違い政治には関心がある。
政治が、私自身の自由や生命に直接関わってくることを、否応なく理解させられているからである。
軍事については、政治以上に興味がある。
これは、子供の頃に見た戦争映画やアニメの影響かも知れないのだけれど、自分の国が弱いよりは強い方がいいに決まっている。

 

 

アメリカのインディアン(今はネイティブアメリカンとか書かないといけないのか?)が白人に侵略されたのは、彼らが鉄砲を持っていなかったからである。
現代では、核兵器を持たない国は、鉄砲を持っていなかったインディアンと同じである。
日本の専守防衛というのは、核兵器のない時代であれば有効な戦略であったかもしれないが、核の時代には何の抑止力にもならず、いずれ亡国をもたらすであろう。
そういった意味では、我武者羅に核保有国を目指す北朝鮮の戦略は、正しい。
ただし、超大国であるアメリカに直接喧嘩を売るようなやり方は、間違っている。

 

 

既に韓国と日本を人質にしているのだから、現在の位置でのらりくらりと生き残りを計れば良かったのにと思う。
金正恩は、イラクフセインとは別の形で惨めな最期を迎えることになるのではないだろうか。

 

 

他国の三代目のことはさて置いて、東京は大丈夫か?
中国もロシアも、いつでも東京を廃墟にできる核ミサイルを実戦配備していると思われるが、実際に発射されることはないだろう。
アメリカでさえ世界中を敵に回して勝てるとは思えない。
まして中国、ロシアでは無理であろうし、東京に核ミサイルを撃ち込む大義名分がない以上、起こり得ない事態である。
しかし、北朝鮮の場合はどうであろう。
アメリカに反撃された場合、やけくそで近隣諸国にミサイルを撃ち込むことは起こりそうな話ではないだろうか。
ソウルも北京も勿論東京も危ない。

 

 

有言実行の北朝鮮は、グアムに向けて撃つと言ったら撃つであろう。
実弾を積んで撃ったら明らかに戦争行為になってしまうから、からっぽのミサイルを撃つだけだと思うけれど、海には船が空には航空機がたくさんいるわけで、
アメリカはわざと被害を出すかもしれない。(わざと出さなくても、偶然ボートや軽飛行機に命中するかもしれない)
アメリカが反撃するとすれば、トランプさんの言うように、見たこともないような苛烈な攻撃になるだろう。
長引けば在韓、在日米軍に多大な被害が想定されるからである。
半日で完了するような凄まじい攻撃が見られるだろう。

 

 

こういった軍事的な危機にも効用はある。
もしかしたら明日は永久に来ないかもしれないと思えば、今日一日の何でもない日常が至宝のごとく貴重なことに思える。
家内と何年かぶりにキスでもしようかな。